昨日11月22日は「夫婦の日」
私たちが結婚して4年になるので新婚の時期は過ぎた。ありがたいことに一度も夫婦喧嘩もなく毎日穏やかに暮らしている。
伴侶のことをベターハーフというが、これはギリシャの哲学者プラトンが書いた「饗宴」に出てくる話がもとになっているといわれている。
ギリシャの悲劇詩作家アガトーンの詩が優勝したのを祝う宴にプラトンの師ソクラテスが出向いた時の話をまとめたのが「饗宴」だ。
饗宴の原題はシンポジウムの語源でもシュンポシオンで、気の置けない友人知人が集まってワインを傾けながら語り合う宴のことをいう。
こうした饗宴では何かテーマを決めて語り合ったようで、その時のテーマがエロス・愛についてだった。
参加している人が一人ひとりエロス・愛について語っていくのだが、その中にアリストパネスという劇作家がいた。彼がいうには、もともと世界には男性、女性、アンドロギュネスという男女両性者がいた。
彼らはそれぞれ顔が二つ、腕が4本、脚が4本あってが強いだけでなく完全に充足した種族だったそうだ。やがて彼らはゼウスを筆頭とする神々に反旗を翻すようになった。
これに怒ったゼウスは彼らを処分することにした。雷で一挙に滅ぼすのは簡単だが滅ぼしてしまうと自分たちをあがめる存在がいなくなってしまう。
そこでゼウスは彼ら体を真っ二つにしてしまうことにした。両断した身体をアポロンに命じて縫い合わせ、現在のかたちの人間を作ったのだという。
だから我々人間は、かつて一つだった半身、つまりよりよき半分「ベターハーフ」をもとめるようになったというのだ。
ほとんど酔っ払いのたわごとにも思えるが、いっぽうでなかなか示唆に富む話だ。たしかに人間はひとりでは何もできない不完全な存在でもあるからだ。
ところで最近ふとこんな考えが浮かんできた。
ベターハーフというとより良き伴侶のことをいうが、実は不完全な自分の中のより良い部分を引き出してくれる存在のことではないかと思ったのだ。
妻がいるおかげで私の悪い部分よりも良い部分が表に出てくるようになった気がしてならない。
だから私にとって妻はベターハーフではなく、間違いなくベストハーフに違いないと思う。